戦は起こらなかった。
町を脅迫した選帝侯の軍勢は、その次の宵に、深い森より忽然と現れた新しい王の軍勢に一網打尽にされた。
新しい王は街に己への臣従を求め、街は受け入れた。新しい王は、自らに歯向かう者に対して苛烈であったが、従う者には寛容だった。街は救い主であり新たな主である彼を讃えて沸き返り、人々は束の間、日々の辛さを忘れた。
春が訪れると、男は子供を連れて街を出た。市場で買った芦毛の馬に子供を乗せ、手綱を引いて去る姿を、女は最後までは見送らなかった。元より、一時しか近くにいないことは承知していたのだから。だが、彼らが去った後、物音一つない夜はあまりにも空虚だった。
孤独への慣れを思い出し、短い夏が訪れる頃、店の扉を叩く音がした。
懐かしい呼び声に飛び出した女は、歓喜の声を上げた。
夫が、片足を失い、杖に寄りかかって立っていた。彼は地方の砦に赴任させられていたが、砦が新しい王に降伏したために、ようやく帰ることができたのだと言った。
女は彼に縋りつき、泣いて、ただ泣いた。
《鋼の帝国》年代記
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救い手の系譜