ささやかな薄明かり。
 包まっている毛布の中に篭った熱で、頭の中がぼんやりしている。
「……、う、しゃ、さま……?」
「起きてしまった?」
 ささやかな囁き。皮の硬い右掌が、リュカの髪を優しく撫でた。
 リュカは少し体を起こした。夜の冷気が毛布の隙間から忍びこみ、鳥肌が立つ。
 すぐ傍ら、蝋燭の灯火で本を読んでいた男は、リュカに目を向けて微笑んだ。
「まだ夜は明けないよ。ゆっくりおやすみ」
「……真夜中は過ぎた?」リュカは訊ねた。
「過ぎたよ」男は鎧戸に視線をやった。リュカもそちらを見て、凍てつくような夜空を想像した。
 囁く。
「新しい年?」
「うん。新しい年」
 男はリュカの言葉を繰り返した。それはいつもと反対のように感じられて、リュカは思わず笑った。
 男は不思議そうに首を傾げた。
 リュカは言った。「寒いね」
「うん。風邪を引かないように、しっかり毛布をかぶって」
 男は、リュカの頭を撫でた手で、リュカの首周りの毛布を整えた。リュカは毛布を胸元に引き寄せた。
「……あなたは、寝ないの?」
「もう少し」男は答えた。「切りのいいところまで読んでから」
「何を、読んでいるの?」
「本」
「……何の?」
 リュカはまだ、彼が眠っているところを見たことがない。
 けれど、最近、彼が書物を広げて夜更かしすることは多いことは知っている。
「一階の隅にあった物語集だよ。今読んでいるのは、ある格好いい王子様と、間の抜けた従者の話」
 リュカは目を瞬かせた。
「そういうの、読むの?」
「真面目な本ばかり読んでいると思った?」
「う、うん……」
 男は小さく笑って頁に栞を挟み、本を閉じた。
「正直だ。いい子だ、坊や。さあ、きみはもう寝ないと、朝また起きられないよ。教会へ行くんじゃなかったの?」
「行く!」リュカは答えた。
 いつも眠るときは、明日こそ早起きをしようと思うのだけど……
 明日は(もう今日だけれど)早起きできたら、リュカと、男と、店の女の三人で、新年の朝の礼拝に行こうと約束したのだから、ちゃんと起きなければいけない。
 今は戦争で食べ物が少ないけれど、礼拝の後で子供に配る焼き菓子は、ちゃんと用意してあるという。
 男はまたリュカの頭を撫でた。
「おやすみ。寒ければ、毛布をもう一枚あげるよ」
「……平気」
 リュカは首を横に振って、毛布の中に包まった。眠りやすいように頭の下で毛布の端を重ねて、それから男を見上げた。
「あの」
「うん」
「ええと、いい新年を」何と言ったらいいかわからなくて、定型句を口にしてみる。「その、健康とか……幸運がありますように」
 男はきょとんとした後、嬉しそうに笑った。「ありがとう、きみもね」
「うん。それから……」
「それから?」
 リュカは、そっと言った。「眠れるようにお話を聞かせて……」
 男は余計に笑った。
「だから、きみは毎朝起きられないんだよ! 今日は駄目。きみのためだよ。それに、」
「それに?」リュカは訊ねた。
 男は本の表紙を軽く叩いて、答えた。
「今、新しいお話を仕入れている途中だから、待ってね。そろそろ知っている分だけでは足りなくなってきた」
 そしてリュカが何かをいう前に、男はリュカの頭まで毛布をかぶせてしまった。
「さあ、今度こそおやすみ。きみが望むなら、静寂と暗闇の中にも物語はある」
「……うん。おやすみなさい」
 リュカは少し残念だったけれど、素直に目を閉じた。
 そして自分の体温と、頭のてっぺんに触れる空気の冷たさを感じ、鎧戸の向こうで吹く風の音を聞いた。